金リンゴ群島と幽夜キャッスル

金リンゴ群島の島々の一つにある秘境、「幽夜キャッスル」を訪れた旅人一行。
フィッシュルの深層意識を形としたその秘境は、まるで子供の御伽噺に出てくるような歪な形をした城になっていた。
数々のギミックを突破し、フィッシュルと両親のすれ違いを見て、辿り着いたその先は数々の図書によって占められている迷宮となっていた。
その複雑な迷宮の主、フィッシュルと同じ姿かたちを持つ幽夜フィッシュルは言った。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「ここは現実を直視できない人の墓場なの。あなたはここに埋葬される。
そして、わたくしは共に創り上げた想像上のオズと共に、永遠に王城で暮らすの」

オズ

オズ「こちらもお嬢様で、あの方もお嬢様。お嬢様である以上、私のご主人様でもあります」

フィッシュル

フィッシュル「オズ……どうして……」

モナ

「向こうに行っちゃいましたよ?フィッシュル、あなたの飼っていた鴉ですよね?」

普段から片時もフィッシュルの傍に仕え、片時も離れようとしない鴉の従者、オズが離れて行き、動揺するフィッシュル。
フィッシュルはオズを追いかけ、仲間達と共に図書の迷宮を潜り抜ける。
だが、道中の戦闘は苦戦を極めた。
神の眼を持たずとも元素力を操る蛍、剣の達人である万葉、天才占星術師のモナはいざ知らず、フィッシュルの神の眼の使い方は「己の空想を満足させるために従者のオズを召喚する」ことに力の大半を割いており、冒険者として戦う事が求められる時もオズの力に頼ることが多かったのだから。

オズが離れて行き、幽夜フィッシュルに心の闇を抉られ、動揺していたフィッシュルだが、友人達の助力もあり、フィッシュルはオズと幽夜フィッシュルの下へと辿り着く。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「……ここまで辿り着いたのね。あの悪夢のような図書館を潜り抜けるなんて……」

フィッシュル

フィッシュル「今でもまだ、わたくしが負けると思っているのかしら?」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「だけど、貴女はわたくしには勝てない。
わたくしは、貴女にとって恐怖と闇であり、長年逃れられなかった悪夢。
わたくしを前に、貴女は何も出来ない」

楓原万葉

万葉「オズを返してもらうでござるよ。オズは皇女殿下の従者、そなたのものではござらん」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「あなた、オズの言っていたことを聞いていなかったのかしら?
彼女もフィッシュルで、わたくしもフィッシュル。
でも、彼女は自分の生み出した空想に耐えられなかった。
だからオズはわたくしを選んだのよ」

モナ

モナ「やばいですね。この人、フィッシュル以上に話が通じません」

フィッシュル

フィッシュル「……メギストス卿、それはどういう意味かしら」

辛炎

辛炎「ははっ、それだけ悪態がつければ大丈夫だ……さて、どうする?幽夜フィッシュルさんよ」

蛍

蛍「オズは返してもらう。そして、私達をここから出してもらう」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「下がりなさい、下賤の者達よ。
もしわたくしに万一のことがあったならば、あなた達はこの空想の空間で永久に彷徨う事になると知りなさい」

楓原万葉

万葉「何……」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「既にこの空想の世界はわたくしが掌握した。
あなた達をここから出すも出さぬも、この空間をどうするも、わたくしの自由。
何故ならここは幽夜浄土なのだから。オズ、奴らを始末なさい」

オズ

オズ「仰せのままに」

オズが頷くと、何もない空間から影が現れた。

楓原万葉

万葉「皆、退けっ!!」

万葉の掛け声に反応し、蛍、辛炎、モナが後ろに大きく飛び退く。
そして影は姿を取る。

雷音権現

雷音権現「………」

紫色の身体に、一対の羽。
周囲に漂う、荒れ狂う雷の元素。
稲妻出身の楓原万葉は、「それ」が何者か知っていた。

楓原万葉

万葉「雷音……権現」

雷音権現。
稲妻国のセイライ島に生息すると言われる、異常な雷元素生命体。
電光と雷霞で自身の怨恨を高唱する存在。
見た目は「純水精霊」と似ているが、純水精霊のような知恵を備えてはおらず、自身のテリトリーに入ったありとあらゆる生きとし生ける存在をその雷にて打ち据えるセイライ島の恐怖。

蛍

蛍「風と共に去れっ!!」

一番先に動いたのは、蛍だった。
蛍の意思に従い、生まれ出た竜巻が彼女の前方に進んでいき、虚空から現れた雷音権現を直撃する。
だが、効果はなく、ダメージを与えたか与えてないのかも分からない様子で雷音権現はその姿を現す。
姿を現した雷音権現の咆哮で大気が震える。
万葉と辛炎は自身の獲物を構え、モナは魔導書を展開させる。
そして一行と荒れ狂う雷の精霊との戦いが始まった。

フィッシュル

フィッシュル「オズ、あなた何を……!!」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「言ったでしょう?この幽夜浄土を貴女の墓にする、と」

フィッシュル

フィッシュル「オズ、今すぐにあの怪物を下がらせなさい!」

オズ

オズ「私がお仕えするのはフィッシュル皇女殿下ただ一人」

フィッシュル

フィッシュル「ならば、今すぐに!」

オズ

オズ「貴女は本当にフィッシュル皇女殿下で在らせられますか?
その覚悟がございますか?
ご自身の空想に悩み、現実との狭間で苦しむ貴女は、それでもフィッシュル皇女殿下で在らせられますか?」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「貴女は誰よりも理解しているはず」

フィッシュル

フィッシュル「何を……」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「自分が如何に矮小な、弱い存在であるかを。
それを認めたくないが故に、フィッシュル皇女物語の名前を騙り、自分こそがフィッシュルだと痛い虚勢を張っていた……それが貴女よ、エミちゃん」

フィッシュル

フィッシュル「……」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「でも貴女はフィッシュル皇女物語のフィッシュル皇女殿下ではない。幽夜浄土と言う空想の産物を生みだしても、それを維持する絶対の意思は持ち続けられなかった。
そして最後は、仲良くしてくれた友達をも助ける事も守ることも出来ず、ここで朽ち果てていく……それが貴女の運命よ

フィッシュルが仲間の方を振り返ると、強力な雷撃に打ち据えられ、崩れ落ちる辛炎の姿が目に入った。

フィッシュル

フィッシュル「辛炎っ!!」

辛炎

辛炎「ぐ……今のは効いたぜ……だが、まだまだァっ!!」

辛炎は踏ん張って立ち上がり、大剣に炎を灯らせて雷音権現を見据える。

フィッシュル

フィッシュル「……我が幽夜浄土に侵攻せし者よ、後悔せよ。我が臣下に手を出したことを。
今こそ見せよう。この断罪の皇女、フィッシュルの力を」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「へぇ……?」

フィッシュル

フィッシュル「臣下を守るのは皇女たるわたくしの務め。
貴女を倒し、雷音権現を倒し、臣下を守り抜いてみせるわ」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「なら、武器を取りなさい、エミちゃん。
貴女を完膚無きまでに叩きのめし、その四肢を断罪の十字架へ貼り付け、幽夜浄土の城の頂上へと晒し上げてあげましょう」

フィッシュル

フィッシュル「わたくしは、負けない……負けるわけには行かない」

フィッシュルと幽夜フィッシュル、二人の戦いは一見互角のように見えた。
弓の技量は確かにほぼ互角。
互いに移動し、弓を撃ち合うが、決定打をお互いに与えられない。
しかし、自身の存在意義を捉えきれないフィッシュルと、自身こそが幽夜キャッスルの主であると強い確信を持っている幽夜フィッシュルとでは、その元素力の力に違いが見て取れる。
神の眼がもたらす元素力。
それは人の意思、人の希望。
意思の力で劣るフィッシュルが幽夜フィッシュルに勝てないのは道理だったのだ。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「ふふっ……」

幽夜フィッシュルが撃った雷を帯びた矢が、フィッシュルの腕を掠める。
直撃ではなく、致命傷ではないが、痛みは矢を番えて放つことに支障をきたす。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「あちらも、そろそろ浄土に召される者が出るかしら?」

フィッシュルが横目に見ると、そこには左右から迫ってきた雷の壁を水元素の弾で何とか持ちこたえているモナの姿があった。

モナ

モナ「く、くぅぅぅっ……」

辛炎は雷音権現の翼で弾き飛ばされ、万葉は迫りくる無数の刃物となった翼を切り払い続け、蛍は風元素の力で刃物となった翼を抑え込んでいる。

フィッシュル

フィッシュル「モ、モナッ!!」

モナの左右から傍まで迫ってきている二枚の雷の壁は非常に高く、圧力もありそうだ。
この壁に挟まれたらモナの華奢な肉体など一瞬で潰れ、焦げた肉塊と化すだろう。
フィッシュルが悲痛な声を挙げるのも無理もないことだった。

モナ

モナ「フィッシュル……」

フィッシュル

フィッシュル「死んではダメ!死なないで!あなたは、私の初めての……」

だが、モナは平然とした表情を取り戻し、いつもの冷静な口調でフィッシュルに言葉を返す。

モナ

モナ「死ぬ?私が?フィッシュル、あなた……まだ私の事を甘く見てませんか?
……私は天才占星術師のアストローギスト・モナ・メギストスですよ。
この程度の攻撃で私を……殺せるはずがないでしょう?」

モナの姿が掻き消えて、水の中に沈む。
二枚の雷の壁に潰されるその寸前のところで、水の中に沈んだモナは壁の間から抜け出した。

モナ

モナ「水中……幻願ッ!!」

雷音権現の前に水しぶきを集め、運命の虚影を形成する。
虚影は雷音権現に水元素の攻撃を仕掛けるが、決定打にはなっていない。

モナ

モナ「皆、追撃を!」

辛炎

辛炎「もっと……熱くなれぇ!!」

辛炎の炎の一撃が雷音権現を打ち据える。
モナの水元素と反応を起こし、蒸発反応を起こす。
雷音権現が苦悶の悲鳴を上げる。

雷音権現

雷音権現「……!!」

楓原万葉

万葉「千早振る!」

万葉の放った斬撃は風元素の力で、雷音権現を引き寄せる。
そして自身が上空に浮き上がり、刃を下に向けて落下、更なる追撃ダメージを与える。

蛍

蛍「風神よ……!!」

風神バルバトスの力を操る蛍の元素の力は雷音権現の体内から発動した!!

『がごぉぉぉぉぉぉんっ!!!』

雷音権現の巨体は、爆発四散した。

モナ

モナ「こちらは……終わりましたよ。
フィッシュル、あなたは幽夜浄土の主、フィッシュル皇女殿下なのでしょう?
いつまで、自分の幻影に時間をかけているのですか?」

フィッシュル

フィッシュル「……」

そうだ、自分は断罪の皇女フィッシュル。
臣下が目の前の敵を打ち破ったのに、自分だけ敗走するなんてみじめな姿は見せられない。

フィッシュル

フィッシュル「オズ、来なさい!」

オズ

オズ「仰せのままに」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「なっ……!!」

フィッシュル

フィッシュル「姿を見せよ、放て!オズ!」

フィッシュルの放つ雷撃の矢とオズの放つ弾道が、幽夜フィッシュルを打ち据える!
その場に崩れ落ちる幽夜フィッシュル。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「あ、有り得ない……貴女は、自分を撃ったのよ……
それも、貴女が昔から夢見ていた皇女フィッシュルを撃ち貫いたのよ」

フィッシュル

フィッシュル「そうね……貴女はわたくしであり、わたくしは貴女でもある。
貴女は、昔のずっと空想の世界に逃げ込んでいて、小さな世界で満足していた頃のわたくしそのものだったから」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「何故、オズがそちらに……」

オズ

オズ「始めから私の主はフィッシュルお嬢様であると申し上げております。
ご自身を取り戻したお嬢様は、紛れもなくフィッシュルお嬢様で在らせられるのです」

フィッシュル

フィッシュル「貴女とわたくしは同一の存在。
されど、わたくしにあり、貴女には無いものがある。それが何か分かるか」

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「ふ……そういうことね……」

幽夜フィッシュルは、モナ、万葉、辛炎、蛍の姿を見る。

幽夜フィッシュル

幽夜フィッシュル「わたくしの守ろうとしていたのは、あくまで偽りの空想の世界」

フィッシュル

フィッシュル「わたくしの守ろうとしていたのは、それに加えて臣下の者達」

楓原万葉

万葉「守ろうとする存在がある者は強くなるものでござるよ」

フィッシュル

フィッシュル「されど、貴女はわたくしと同一の存在。
だから、貴女はわたくしと一つになるべき。この断罪の皇女が断罪する。
『幽夜フィッシュル』よ、わたくしと共に在れ」

フィッシュルのその台詞と共に、『幽夜フィッシュル』はその姿を消し、フィッシュルと一つとなっていく。
一同の意識が薄らいで行き……気が付いたら、そこは、金リンゴ群島の島にある高い城の一室であった。

楓原万葉

万葉「これでようやっと……終わったでござるか」

モナ

モナ「そうですね……」

辛炎

辛炎「あの幽夜フィッシュルは、フィッシュルと一つになったんだな」

フィッシュル

フィッシュル「わたくしに忠実な臣下の者たちよ……此度はそなたらの働き、誠に素晴らしきものであった」

オズ

オズ「お嬢様は、『みんな、私の事を信じてくれて、助けてくれてありがとう』と申し上げております」

フィッシュル

フィッシュル「オズ!!いちいち言いなおさなくていいから!!と言うか、モナ達にあんな化け物をけしかけた事、絶対に忘れないからね!」

オズ

モナ「ん……?」

モナがフィッシュルに顔を近づける。

フィッシュル

フィッシュル「ど、どうしたのです、メギストス卿」

モナ

モナ「また名字呼びに戻ってますよ。フィッシュル。そろそろ名前で呼んでくれても良いんじゃないですか?」

フィッシュル

フィッシュル「わ、わたくしが下々の者をファーストネームで呼ぶなど、あるわけないでしょう!?」

辛炎

辛炎「さっき『モナ達』って言ったよな」

楓原万葉

万葉「言ったでござるな」

モナ

モナ「ついでに言えば、雷音権現と戦っていた時にも呼んでくれましたね」

蛍

蛍「それは私も聞いてた」

パイモン

パイモン「尊い!尊いぞ!なぁ、こういうのを『てぇてぇ』って言うんだろ!?」

フィッシュル

フィッシュル「あ、あなた達!皇女をからかうのも、いい加減になさい!無礼であるぞ!」

モナ

モナ「でも、あの時フィッシュルに名前で呼んでもらったおかげで、虚実流動の術を思い出したのは事実ですけどね……」

フィッシュル

フィッシュル「メギストス卿、その笑った表情は何なのです!
あなたまで断罪の皇女たるわたくしをからかっているのですか!?」

モナ

モナ「そんなことありませんよ、はいはい、皇女殿下」